貧乏について
1月の成人式の折、例年ならば新成人の傍若無人ぶりを伝えるニュースが多かったのですが今年は少し様子が違っていました。それは、貧乏自治体の代表になってしまった夕張市の成人式のニュースをやっていたからです。成人式に対する市の予算は5万円しかないということで寄付とかも募り、成人する人たち自身も頑張って手作りの成人式をやったというものでした。新成人の人たちは感謝の笑顔で受け答えし、見ている私もちょっと感動しました。
以前にも書きましたが、いつも誰かがやってくれる場合、それを当たり前だと思っていてやってもらえなくなって、初めて人間はそのありがたさに気づくものです。今回もその代表的な例でしょう。
アフリカなどの貧しい国を取材したビデオなどを見ると、学校に行きたくてもいけない子供がいます。日本では余程でない限り貧しくて学校に行きたくても行けない子供はいないでしょう。でも、全員学校に行けるからといって感謝しているという事はないと思います。むしろ、登校拒否だとかが問題になっています。
ところで今、「佐賀のがばいばあちゃん」という本が売れていて、テレビでもドラマ化(映画にもなったそうです)されています。漫才の島田洋七の自伝で、その祖母から教えられた人生訓などが話の中心です。
戦後まもない広島で、原爆症の父親を亡くし、居酒屋で懸命に働く母に育てられていた少年が母の元を一人離れ、佐賀にある祖母の家で暮らすことになるのですが、夫の死後7人の子供を育て上げた祖母は、現役の掃除婦として働き、かなり古くなった家で一人暮らしをしていました。貧乏なんですが、明るく生きるそのおばあちゃんの姿はテレビで見ると楽しそうにさえ映ります。貧乏でひがんだりせず、前向きに生きる−アフリカの子供が学校に行けるようになった時どれほど、目を輝かせて行くことでしょう。
ところで反面、最近セレブだといわれる人たちの犯罪も新聞を賑わしています。
お金は、本来人間を豊かにしてくれて幸せにしてくれるはずのものです。しかし、現実に起きていることを色々見てみると、そうとばかりも言えません。何が幸せなのかは難しい問題ですが、貧乏だということが即不幸せという事ではないのは確かです。むしろ、貧乏だということは何とかそれを克服しようとする人間が本来持っている素晴らしい力を出す大きなきっかけになるような気がします。
「攻撃は最大の防御」といいます。セレブでなくなる恐怖感や焦り、そういった守りの感覚からもっといい物を食べたいとかいい暮らしがしたいという「大欲」が人間を成長させます。
そういう事からすれば、企業も現在かかえる色んな問題を乗り越えようとする気持ちをみんながもつという事で団結し、よりよい企業に成長できます。中小企業も夕張の新成人のように暗くならず、明るく頑張れば助けてくれる人や企業も現れ必ず、いい結果がくると思います。