ちょっといい話
ご存じの方も多いと思いますが、歌舞伎の宗家を称するのは市川團十郎の家です。その権威は歌舞伎の始祖として揺るぎないものがあります。現在は、12代目でその息子が11代目の市川海老蔵です。
さて、市川猿之助という歌舞伎俳優がいます。宙乗りや早変わりといった江戸歌舞伎を今日に復活させ、かつては歌舞伎界の異端児とも呼ばれたりしていました。彼の曾祖父は9代目の團十郎の門弟であったため、形の上では團十郎家の門弟にあたります。ただ、猿之助は異端児といった事もあり伝統を重んじる先代の團十郎に呼び出され注意を受けたこともありました。それ以来猿之助は、團十郎家とも疎遠になりましたし、他の俳優とも一線を画すことになりました。
歌舞伎は古いと考えられがちですが、実際はその時代の名優たちが工夫を重ねて良い型だけが、その家の屋号を使って例えば團十郎であれば「成田屋型」といった具合に継承されていきます。義経千本桜というお芝居の狐忠信という役は、猿之助の宙乗りで有名な彼の代表作になっています。今では、この宙乗りの型を彼の家の屋号である澤瀉屋(おもだかや)から、澤瀉屋型と呼ぶようになりました。
今月(平成18年11月)、東京の新橋演舞場では義経千本桜が上演されています。狐忠信の役は、初役で市川海老蔵が演じています。彼の父の12代目團十郎は、音羽屋型という古くからの型で演じていました。どんな経緯かは知りませんが、海老蔵は父の所に教えてもらいに行かず、猿之助の所に行き澤瀉屋型の教えを受けたということです。今までの因縁のような事を考えれば実にこれは凄いことです。それも、弟子筋にあたる猿之助の所に海老蔵の方からお願いに行ったということもまたびっくりしました。
思うに家の芸にこだわらず、いいものを伝えていきたいと思った海老蔵が従来の恩讐を超えて、猿之助に頭を下げたという事なのでしょう。いい話だと思いませんか?教えた猿之助も嬉しかったと思います。後継者があって初めて芸も伝承できます。猿之助にしてみれば自分が苦労して作り上げていった澤瀉屋型を自分の代だけで終わらせるのは忍びないという気持ちもあったでしょう。こうやっていい芸が伝承されていくのでしょう。
いいものであれば、変なこだわりを捨てて頭を下げる。また、ケチな根性を捨てて自分のノウハウを公開する。どちらもなかなかできることではありません。
*二人のコメントはこちらから見ることが可能です。
http://www.kabuki-bito.jp/news/2006/11/post_42.html
市川海老蔵(右)を熱心に指導する市川猿之助 (デイリースポーツ) - 10月18日